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有限会社ディーシー・グループ(ビジネスオーナー養成コンサルタント)-田渕裕哉さん

有限会社ディーシー・グループ(ビジネスオーナー養成コンサルタント)-田渕裕哉さん

セカンドライフの儲け方、著者-田渕裕哉さん

不動産を持たなくても、オーナー業を行うことができる、と提唱するのがビジネスオーナー養成コンサルタントの田渕裕哉さん。証券会社勤務の週末起業家時代、彼が目につけたのがリピート力のある商品や技術を持っている相手とのパートナーシップ。今回は、自らビジネスオーナーを目指すことで時間もお金も手に入るノウハウをご紹介します。
週末起業家成功事例

  • 田渕裕哉さん
  • 週末起業開業:1999年
  • 年商1億円
  • ビジネスオーナー養成コンサルタント
  • 有限会社ディーシー・グループ
  • http://ameblo.jp/future-vision/
週末起業を始めたきっかけを教えてください。
私は以前、ある大手の証券グループのサラリーマンでした。四人の子供たちに恵まれて、念願のマイホームを購入することができました。仕事も楽しくて、普通のサラリーマンの幸せを感じていました。ところが、バブルが崩壊して、証券会社の不祥事が発覚。1998年に山一證券が自主廃業したときに、私の証券会社も同じ規模の起業でしたので、リストラで会社がなくなるという思いをしたんです。当時は37歳でしたが家のローンもまだまだ残っていたし、6人の家族を会社がなくなってしまったらどうやって食べさせていけばいいのか本当にわからなくなりました。本当に夜も眠れない日が続きました。

当時は、お金のことも心配しましたが、時間にも不満がありました。毎日朝7時前に家を出て、帰宅するのは夜10時過ぎ。子供たちが寝ている時間に出かけて、帰るのは子供たちが寝てしまったあとでした。家族のために働いているのに家族と過ごせないというのはどういうことなのかと考えるようになっていったのです。

そんなときにアメリカで特許の翻訳会社で成功している友人が新たに日本の市場も開拓したいといっていたことを思い出し、自ら手伝いたいと申し出たのです。その友人は、とても質の高い翻訳をしていて固定客も多く、友人が信頼できる人だと確信していたのでパートナーを組んでビジネスをしたいと思いました。しかし、サラリーマンを辞めてしまっては、家のローンも残っておりましたし、家族も食べさせていくことができません。週末だけその友人の会社の売り込みをすることになりました。当時は、まだ週末起業という概念がなかったのですが、今、思えば私が当時やっていたことが週末起業そのものだったということがわかりました。

一番最初は何から手をつけたのでしょうか?
最初はホームページを作ったんです。サラリーマンだったので、名前が出せなかったために代表を妻の名前にしました。当時は、特許の翻訳でホームページに登録している会社が非常に少なかったために、「技術翻訳」とヤフーの検索エンジンで検索をかけると、「DCトランスレーション」という名前がアルファベット順でだいたい4番目あたりに来たんです。広告効果が非常に高く、技術翻訳の分野で次第に注目されるようになっていきました。翻訳が優れているので、ぜひトライアルという形で最初は格安で翻訳をさせて欲しいという特典もつけたところ非常に反響も大きくなりました。

ホームページのほかに行ったことがファックスDMですね?
そうです。技術特許の翻訳が商品でしたので、特許事務所にファックスDMを打つことにしました。内容はホームページと同様で格安のトライアル翻訳と無料の資料送付がメインでした。サラリーマンとして日中は働いておりましたので、夜中にDMを作ったり、特許事務所の電話番号を電話帳やインターネットで調べたりしていました。ただし、夜中にファックスすると怒られてしまうので、リストは作っておいて、妻に昼間にファックスを送ってもらうようにしていました。帰宅すると資料請求の依頼が特許事務所から来ていました。資料を送るためにコンビニに行って、資料をコピー。翌日発送して、トライアル翻訳の依頼が来るのを待つことにしました。毎日20件のファックス番号を調べて、リストを作り、DMを送信するということを行っていました。慣れるまでは大変でしたが、問い合わせが来るとうれしくて続けることができました。

資料を送っただけでトライアルの依頼が来ることもありましたが、無料資料請求をされただけでそのままという事務所もありました。そうした事務所には、フォローの電話を入れたりして、トライアルをお願いしました。

翻訳の出来が素晴らしいことで、1回トライアルを試していただいた特許事務所はほとんどが正式契約につながっていきました。そうしているうちに、週末起業の収入が月額30万円を超えていったため、これはいけると思って1999年に独立をすることに決めました。ところが、独立してから新規顧客が頭打ちになり、二年近く苦労しました。その間は、証券会社の外務員などの仕事を複数掛け持ちしたこともありましたが、次第に売上が安定していきました。今は、情報商材として自分の起業体験も販売しています。

週末起業で必要なものは何だと思いますか?
私は今、自分の起業体験をセミナーという形で紹介しています。そのなかでいつもいっていることはビジネスオーナーになれということです。スポット的に仕事をするのでは限られた時間で効率的にお金を稼ぐことはできません。

それよりもリピーターによって、お金が入り続けるしくみを作る。これが必要だと思います。こうしたしくみ作りは何も不動産を持っていなければできないということではなく、私のように仕事を仲介することでも十分可能です。その際にポイントになるのが、素晴らしい技術力(商品力)を持ったパートナーとの出会いです。

ビジネスは作ることと売ることの2つしかありません。私はモノを作ることができなかったので、売ることに徹することに決めました。売ることに徹するためには、素晴らしい商品を提供している作り手と組まなくてはいけません。その点、私が組んだ翻訳のパートナーは素晴らしい作り手でした。まずアメリカに在住している日本人が日本語で書かれた特許を英語に訳す。そしてアメリカ人がさらにその英語に訂正を加える。2回もの工程で技術翻訳を行っている翻訳会社はなかなかいないのです。クオリティが非常に高いために一部上場企業のお客様も利用してくださっていて、ものすごい量の特許の翻訳を毎回注文してくれるわけです。現在、50社ぐらいのお付き合いがあり、私はその仲介をしているだけですが年間1億円以上の売り上げになっています。

作り手になるか、売り手になるか。それはその人が持っているスキルによると思いますが、自分のできないところを補ってくれる相手と組むということは週末起業を継続する上で非常に重要なことだと私は考えています。

週末起業には何時間ぐらい費やしたのですか?
私は週末起業をしていた間、「夢を実現するのは21時~3時」という言葉をキャッチフレーズ(モットー)にしていました。つまり、独立する前は毎日6時間、週末起業に費やしていたわけです。その間、ホームページ作りに資料の発送作業を行っていましたが、まったくつらくはありませんでした。このビジネスで会社を作ることができるかもしれないし、自分に自信がついていきましたから。それよりも、このままでは、会社が潰れて一家が路頭に迷う思いで毎日悶々としているよりは行動をしていたほうが楽だったのかもしれません。

最後に週末起業家に対して一言お願いします。
週末起業で成功していない人は、知識として知っていることが多いけれど、実際にやっていない人が多いのではないかなと思います。サラリーマンは上司からいわれたことを忠実にこなすことはできますが、自分から何かすることは苦手な人が多い。ところが、ビジネスは自分なりに工夫して実践した自分の内側から出てきたものでなければ、成功しないんです。私はこれをインサイドアウトと呼んでいます。すべての答えは自分の中にあるのに、外側に求めている人があまりに多い気がします。自分で実践して、自分なりのスタンスを確立することが大事だと思っています。